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STATEMENT

安全保障関連法/戦争法に対するステートメント

 SEALDs RYUKYU(自由と民主主義のための学生緊急行動 琉球・沖縄)は、安全保障関連法/戦争法に反対します。

 

 今回の安全保障関連法は、集団的自衛権の行使に踏み込み、自衛隊の活動内容と活動範囲を拡大することで、他国の戦争に参加することを可能にするものです。

 戦後70年、日本は沖縄に過重な負担を押し付けながら、広大な米軍基地を受け入れてきました。この不平等な基地負担に由来する住民被害の歴史と、これらの基地から海外の戦地へ軍が派遣されてきたという事実は、決して看過されるべきものではありません。

 一方で、曲がりなりにも「平和国家」を掲げてきた戦後日本の非軍事分野における貢献は、国際社会から高く評価され、受け入れられてきました。今、日本政府が成立させようとしているこの法案は、この立場を捨て、憲法が禁じる海外での武力行使も厭わず、近隣諸国との軍事的緊張を一層増大させるものです。そして、その帰結として、私たちの生命や財産、自由、幸福追求の権利を守るものではなく、脅かすものとなるでしょう。

 私たちは次の理由から「戦争法」に反対します。第一に、この法案の立法プロセスは、立憲主義を蔑ろにし、民主主義に反するものです。第二に、圧倒的多数の人々が、説明不足であると感じており、政府は主権者である国民、市民に真摯に向き合っているとはいえません。第三に、この法案は米軍基地の集中する沖縄に暮らす私たちの生活を、より一層、脅かす可能性があります。したがって、私たちは「戦争法」の廃案を強く求めます。

 

 

立憲主義・民主主義に反していること

 a)立憲主義に反すること

  現在議論されている安保法制は、昨年7月の集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に基づいて法案化されたものです。しかし、集団的自衛権の行使は、歴代政権の憲法解釈の枠を大きく超えるものであり、本来であれば、国民投票による改憲手続きが必要とされるものです。にもかかわらず、安倍政権は国民の信を問うことを回避し、解釈で憲法を変えることによって、集団的自衛権の行使を容認しました。このような法律は憲法違反であり、憲法によって権力の濫用を防ぐという、立憲主義に反しています。

 

 b)代表制民主主義に反すること

 国会は、国民が選んだ国会議員による唯一の立法機関であり、国権の最高機関であると憲法で定められています。そのため、国会での法案の制定過程においては、十分な審議時間が必要です。しかし、いわゆる「60日ルール」を適用することを射程に入れた衆議院での強行採決が行われ、法案は参議院に回されてしまいました。他国では国民全体にかかわるような重要事項については議会で審議し、与野党の合意に基づいて決定しています。例えば、アメリカでは、第二次世界大戦後、米軍の活動範囲を地球規模に拡大させる政策の大転換を行おうとする場合、民主党と共和党両党で合意形成を行ってきました。今、日本では、与野党による十分な審議を尽くすという基本的な国会のしくみは、果たして機能しているでしょうか。

 安保法制は11もの法案が一束ねにされており、本来であれば、一本あたり一年かけて審議してもおかしくないものです。それを安倍首相は、夏までに通すことをアメリカ議会で先に約束してしまいした。このような、安倍政権の行為は、国会を軽視する行為であり、代表制民主主義を形骸化させるものです。

 

 

安全保障の議論と説明が不十分であること

 安倍政権は安保法制を必要とする根拠を「国際情勢の変化」などとしています。確かに、中国の軍事的台頭は高まっていますが、日本の領海内における、中国の行動については、従来の法整備や部分的な改正、そしてそれ以前に、中国との対話をより積極的に行うことで対応できるものばかりです。例えば、尖閣諸島、宮古島近海などへの「領海進入」は、従来から警察権により海上保安庁と自衛隊によって対応してきており、さらに野党からは「領海警備法案」が提出されています。

 8月12日、沖縄国際大学にヘリが墜落して11年目を迎えようとしていたこの日、沖縄本島中部の勝連半島沖で、米陸軍特殊部隊のヘリが、不審船への突入訓練実施中に墜落しました。負傷した7名の内には、陸上自衛隊の「特殊作戦群」所属隊員も含まれていました。これは、集団的自衛権行使の閣議決定を踏まえて今年4月に改定された日米ガイドラインの内容に沿うものではないでしょうか。今まさに法案の議論が進んでいる最中にもかかわらず、このような訓練が既成事実化されていくことに、強い懸念を覚えます。

 また、オスプレイを始めとする米軍機による離発着訓練は、嘉手納基地や普天間基地、東村高江の北部訓練場でも日常的に行われています。2004年に起きた沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故の教訓が活かされないままに、基地を運用し続けていることに、沖縄で暮らす私たちは、日本政府に対し、大きな疑問と不信を抱いています。

 軍事面の強化を主眼においた安保法制を推し進めることは、周辺国との緊張を高めるだけです。日本が喫緊になすべきことは、むしろ、非軍事的な政策で近隣諸国や地域対話メカニズムの構築を目指しながら、信頼醸成や緊張緩和の促進に向けた、軍事力に頼らない外交のあり方を模索することです。

 

 

命の危険にさらされること

a)若者として

 自衛隊の活動内容と活動範囲を拡大することで、日本が他国や非国家主体の武装組織との戦争に参加する可能性が高まります。戦争の蓋然性を高めることは、自衛隊員が命の危険にさらされるリスクを高めることに他なりません。例えば、アフガニスタン戦争に「後方支援」として参加したドイツでは50人を超える兵士の命が犠牲になりました。日本でも、特措法に基づき、インド洋及びイラクに派遣された自衛隊員のうち54人が帰国後に自殺したことが、衆議院平和安全法制委員会での答弁で明らかになりました。

 いつの時代も、戦地の最前線に立たされるのは、常に政治家ではなく、私たち若者です。本を読んだり、友人や家族とどこかへ出かけたり、将来に向けて準備をしたりする「何気ない幸せな日常」を、戦争は奪い、壊します。また、たとえ、私たち自身が戦地に赴かなかったとしても、同じ時代に生きる一人ひとりの若者として、人が殺し、殺される戦争に、日本から誰かが参加することにつながる安保法制には賛同できません。

 

 

b)沖縄に暮らすものとして

 武力によるテロの根絶は不可能であり、戦争に参加すれば、日本におけるテロの脅威が高まることは明白です。戦争に参加したアメリカでは、ボストンマラソン事件が起き、イギリスの地下鉄爆破事件、スペインの列車爆破事件なども起きました。さらにフランスや北アフリカでも観光地や商業施設を狙ったテロが相次いでいます。

 日本有数の観光立県である沖縄にも多くの観光施設や商業施設があり、それらがテロに狙われる可能性がゼロであるとは言い切れません。それどころか、極東最大といわれる嘉手納基地をはじめ在日米軍基地施設の74%がここ沖縄に集中しており、いつテロの標的にされてもおかしくないとも言えます。実際、2001年の「9.11」発生からしばらくの間、国内外の観光客や修学旅行の中止・変更などの「沖縄離れ」が深刻な問題となりました。

 「9.11」以降、「テロとの闘い」に興じたアメリカを始めとする国々は軍事費の増大や多くの人々の犠牲を生み、疲弊しています。他国や武装組織との戦争への参加は、逆にテロの脅威を高め、私たちの生活を脅かすのです。在日米軍基地が集中する沖縄にいる私たちは、基地があるからこそ、当たり前の生活を営むために不可欠な安全・安心、自由や権利が、いかに脆く、脅かされやすいかを、身をもって知っています。命が危険にさらされる恐怖を、知っています。だからこそ、戦争参加につながる安保法制に反対します。

 

 

 戦後、多くの米軍基地を抱えてきた沖縄は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争など、多くの戦争に加担してきました。私たちはこれ以上戦争に加担したくないという強い思いとともに、新たな軍事基地を絶対につくらせないという覚悟を持っています。

 言うまでもなく、この国の主権者は、一部の政治家ではなく、この社会に暮らす「私たち」です。しかし、「私たち」による政治を実践していくためには、日頃から、「私たち」一人ひとりが政治に関心を持ち、政治家の間違った判断を正していくといった、多くの「不断の努力」が必要です。もう「他人事」は終わりにしましょう。政治家にすべてを任せるのはやめにしましょう。私が、あなたが、動くときです。今が、声をあげるときです。この社会に暮らす一人ひとりが、「主権者」として行動しなければなりません。そして、その努力は、日本中で行われる必要があります。全国の動きとも連動しながら、私たちは、「いま、ここ」から、この法律を廃案にするために行動します。

 

2015年8月15日

SEALDs RYUKYU

 

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